「着物に対する疑問や不安を解消し、日常生活で気軽に楽しんでみたい」
多種多様な着物を並べて見比べながら
卒・入式や街歩きにおすすめのコーディネートに挑戦。
プロローグ 着物は難しくない「とにかく着てみること」!
現代では、普段着から正装まで、身にまとうものは洋服が圧倒的に多く、ファストファッションからハイブランドファッション、スポーツウエアなどのジャンルだけでなく、デザイン・機能性も数多にあふれ、生活必需品として定着しています。しかし、昭和中期頃までは着物は洋服同等に着られる機会も多く生活の一部であり、どの家庭にも着物が自宅にあったものです。その着物を母から、祖母から、親戚から受け継ぎ、「いざ着てみよう」と思い立てど、難しい約束事がたくさんありそうで、どうしていいのか分からずそのままになっている方、そして、着物に興味を持ち、「着てみたいな」ち思う方、さらには茶道や華道などの習い事を通して着物に向き合う方など、着物の文化に直面する方もも多いのではないでしょうか。
今回のレポートでは、着物に対して素朴な悩みや不安を解消すべく、私たちの家に眠る着物や帯を広げ、『幸田着付け教室』の幸田信子(こうだのぶこ)先生を特別にお招きして、品質や格の差などの話しを伺いながら、卒・入式等におすすめの合わせ方や自宅に眠る着物のコーディネート術をご指導いただきました。
幸田先生
「洋服とひとことで言っても、中には普段着、おしゃれ着、式典やパーティに必要なドレスや、ビジネス用のスーツにジャケットなど、TPOに応じた装いがあるように、着物にも格や種類があります。まずは、自分が持っている着物はどのシーンに着られるのか?を知ることをおすすめします。全くの初心者にはなかなか分かりづらい事もあるので、着物を知る家族や知人に尋ねてみるといいでしょうが、ちょっとしたポイントで判断できますから、まずは自分のお着物をよくながめて下さい」
着物には、着物や帯の組み合わせだけでなく、小物の合わせ方で全体的な印象や顔の表情までが変化するおもしろさがあります。このレポートが、着物に対する不安を解消し、日常生活で気軽に楽しめる後押しになれば嬉しいです。
着物を楽しむ その1 自分の着物を知ろう
幸田先生
「着物は洋服と同じで、派手さがあったり、落ち着きがあったり、春の色だったり、秋冬っぽかったり、見比べてみると分かりやすいものです。”着物を着たい”と思った時、判断に迷ったら、洋服を着ていくイメージで選んでみるのも良いと思います。今ここにある『絽』や『紗』という透けたような生地のものは、夏の着物です。赤や茶色の組み合わせに紅葉が描かれていたりすれば、秋のイメージですよね。『この場所には派手かも?』と感じれば、地味な色合いや絵柄が少ない着物を選べばいいし、6月や9月は、少々の前後はありますが、『単(ひとえ)』という着物になります。『単(ひとえ)』とは、『袷(あわせ)』の着物の裏地である「胴裏と八掛(はっかけ)」が無いものをいいます。季節や風習を楽しむ日本人の文化が、生地や絵柄にきちんと現れていますし、季節を問わない柄付もあるので、決して難しく考えなくてもいいんですよ」
染めた糸を組み合わせて独特な色合いを表現する紬(つむぎ)や紬(かすり)などの普段着用、白生地を織り上げて柄を付けたもの、柄のない色無地、紋が付いたもの、華やかな柄行のパーティー向け、格式の高い色留袖など、持ち合わせている着物にもたくさん種類がありました。ちなみに、上画像は紬や絣を見比べながらご説明いただいている所です。着物に慣れてくれば、細やかな織りの技術などに興味をもち、手の感触を楽しむようになってくるのだとか。
幸田先生
「背中に”一つ紋”を付ければ、色無地は格が上がり、準礼装になります。さり気ない品があり、子どもが主役の卒入式や、お茶席などにはぴったりですね。武井さんがお持ちの色留袖には背・袖・両胸元の”五つ紋”がありますから、よく新郎新婦のお母様がお召しになる『黒留袖』と同格の第一礼装です。主役が親しい親戚の結婚式、よほど格式のある祝宴以外には着る機会がないかもしれません。ですが、これが三つ紋であれば、もう少し着ていける幅が広がるんですよ。紋がなければ、訪問着感覚で着ることも……。紋の数によって格が変わります」
幸田先生
「この水色のお着物は、鳳凰に桐の紋が描かれた訪問着です。しかし、訪問着だからといっても、卒入式ではお子さまよりも目立ってしまいそうなので、選ばないほうがいいでしょうね。一方で、とても華やかなので、仲の良い友人の結婚式に華を添える意味では良いでしょうね。豪華なパーティーにもおすすめです」
着物を楽しむ その2 着物と帯を体に当てて選んでみよう
洋服同様に、着物の色や柄によって、着る人の顔映りが良かったり、地味に見えたりするもの。実際に着物や帯を体にあててチェックします。また、合わせて小物も選んでみると、より一体感のあるコーディネートに仕上がります。
幸田先生
「着物に慣れていない時期には、花柄のような多色づかいの柄ゆきを着たいと思っても、帯をどうやって選んで良いのか悩んでしまう方も多いです。そんな時は、着物の中の色から3色位を基本にコーディネートするといいですよ。着物に色が多ければ、帯をシンプルにしてみると落ち着いてきます。帯揚げや帯締めも、この3色を基本にして、徐々に色の幅を広げてゆくのも良いでしょう。それぞれの個性が出てきます」
着物を楽しむ その3 着物をきてみよう
幸田先生
「最初はなかなか自分では着られないものです。着付けの先生や着物を得意とする方に手伝ってもらえば、難しくありません。最初は着物の専門的な言葉も分からずとも、何度か着ているうちに、自然に覚えられるようになります。着方を習い、着物に慣れてコツをつかめば、自分でも着られるようになりますよ」
自分で簡単に帯結ができるような作り帯もあります。上画像のように格の高いものもあり、1つ持っておくと、急ぎのときや旅行などに重宝します。
幸田先生
「着付けのポイントとして、普段着の場合は衿を『拳を横に置いたくらい』に抜きますが、若い女性が礼装を着るときには、拳を立てに置いたくらいの広さを意識して、胸元はしっかりと合わせたような着姿もステキだと思いますよ」
卒・入式におすすめコーディネート
着物の出番となる大きなチャンスです。子どもたちを主役としたハレの舞台に華を添えられるような、控えめで上品なコーディネートを心がけます。
▲譲り受けた淡いグリーンの総絞りの訪問着を、白・ピンクの薄色の帯を合わせて春らしい色合いに。帯揚げ・帯締めも同系色でまとめています。
▲一つ紋の色無地に格のある同系色の袋帯を合わせて控えめに。お茶席にもおすすめなコーディネートです。
帯を変えてバリエーションを
▲黒地の帯に変えると、顔映りも引き締まった印象に。帯揚げは帯に使われている色を用いて、帯締めは主張しないようにするのがポイントです。
▲通常では、紋入りの色無地にカジュアルな名古屋帯は合わせませんが、色無地のコーディネート例としてご紹介。食事会や街歩きにもおすすめです。
友人との食事会やショッピングなどのお出かけに
▲可愛らしい花がらの小紋にブルーグレーの名古屋帯を合わせ、カジュアルの中に品を添えて。着物は化繊なので、汚れても洗えるので街着にはおすすめです。
▲大正時代のモダンアンティークの付下げと、渋みのある帯を合わせてパーティースタイルに。帯を少し下に結ぶことで、粋に艶を演出。着丈が短いため『おはしょり』という帯下部分がつくれませんが、帯できちんとラインを作ることで違和感なく着ることができます。
普段着にぴったり。カジュアルコーディネート
▲シャリ感のある紬に瑠璃色の織の帯を合わせて、色と柄の主張が強い印象を軽減。裄が短いので、日常生活や家事仕事の邪魔になりません。
▲青地の紬に濃いピンク地の名古屋帯を合わせて若い世代向きにコーディネート。帯留めや帯揚げのカラーでいくらでも遊べそうです。
幸田先生に聞く 受け継いだ着物について相談してみよう
Q. 普段着として譲り受けた紬ですが、『貴重なもの』なのだそうです。礼装としてはだめですか。
A. 「おっしゃるとおり、紬は伝統的な技術で造られて高価なものが多いですが、柄付けにもよりますけれども、格が上がるわけではないんです。生活に必要の中で技術で、昔は当たり前のように着用されていたはずです。しかし、今となっては貴重な手仕事で生まれた逸品なので、奥に仕舞わず、たくさん着ていただきたいですね。現在では、紬で『付下げ』、『訪問着』、『振袖』もありますよ」
Q. 祖母からいただいた色無地に付いている紋が、自分の家紋と違うのですが、着られないのですか。
A. 「家紋は大切なものですから、きちんと知っておいたほうがいいのは間違い有りません。一方で、家紋と違うからと粗雑に扱われるほうが残念です。さて、自分の家紋が入っているのが好ましいのでしょうが、親族の方は別として、果たして、その紋を見て『それは違う!』と分かるほど、家紋に精通している人がどれほどいらっしゃるのか……と思うんです。また、女性の通紋として、『五三の桐』、『揚羽蝶』、『蔦』が多いようなので、紋をしっかりと見てみるといいですね。着付けやお茶のお稽古、ちょっとしたお出かけ着には十分だと思いますよ」
Q. 母や祖母が小柄だったので、丈も裄もかなり短く、『おはしょり』もありません。どうにか着たいのですが……。
A. 「着物が普段着として愛用されていた時代は、生活の邪魔にならないように、裄も短め、丈も丁度よい長さで着られていたと考えています。現代になって着物が非日常的になり、難しく考えられるのかも知れませんが、おはしょりがとれなければ、帯をアクセントにして、おはしょり自体を無くした着こなしで大丈夫です。裄が少々短いのも、動いていれば気になりません。普段に着るのであれば、十分ではないでしょうか。また、揚げがあれば、身丈や裄を出すこともできる場合もあります。要は、『着たいか、着たくないか』が大切だと思いますよ」
Q. 家族や親戚からたくさん譲っていただき、どのように保管していいのか分かりません。
A. 「一番良いのは着物用のタンスですが、アパートには余りある大きさだったり、置きたい場所にサイズが合わなかったりしますよね。押し入れサイズのプラスチックの衣装ケースにしわを伸ばして重ね入れ、防虫剤をいれておくといいかも知れません。あまりたくさん重ねると、重たさで底の着物に織りじわができるので、なるべく底が浅い衣装ケースを選ばれるといいでしょうね」
Q. 柄合わせや格合わせに自信がないのですが……。
A. 「最初は分からないかも知れません。まずは、『どの場面で、どのような場所に着ていくのか?』というキッカケをつくる事が近道です。その際に、着物を知る方、着付けの先生に相談し、そのコーディネートを覚えること。その次には、必ず違う組み合わせをしたくなるものです。そんな時に、着てみたい柄ゆきの着物や帯を中心にコーディネートすることを挑戦してみる。それを繰り返すと、いつの間にか感覚的に分かってきます。着物が楽しくなると、今度は衿の位置や出し方などにこだわり始めるので、楽しさはエンドレスですよ(笑)」
Q. 最後に、同じような悩みをもつ方々にひとことお願いします
A. 「まずは、『あまり深く考えない事』です。着物を目の前にすると、『約束事がたくさんあるのかな?』とか、『この組み合わせで良いのか?』など、いろいろな疑問や不安が頭の中を巡ることでしょう。しかし、何よりも『着てみよう』という気持ちが大切なんです。着物には、洋服とは違ったコーディネートの楽しみ方があります。不安であれば、誰か着物に詳しい人に聴いてみるのもひとつの手段。とにかく『着てみること、着ること』が大切なんです。着物をもっと気軽に楽しんでくださいね」
エピローグ 取材を終えて
コメント:武井千穂
まずは自分の着物を知ることから!恥を承知で、先生にお尋ねしようと、たくさん持ち込ませて頂きました。生地、柄、織や染の種類、格と合わせ……やはり、基本を教えていただくことは大切ですね。「そうだったんだ!」と納得するとともに、過去に自分が着合わせたものを思い出し冷や汗が出たり(笑)
そこで先生がかけてくださるお言葉から感じられたのは、「それはそれとして、もっと自由に考えても大丈夫!」ということ。特に、年代物が多いため長身の私にはサイズが合わないのはもちろんのこと、保管状況もまちまちでシミや汚れが……。「案外、着てしまえば目立たないものよ! しまいこんでおくより、思い切って着てしまいましょう」昔はオシャレ云々言わずとも、毎日着ていたものなんですよね。その頃はもっと決まりも少なくて、自由だったのでは?という考察。
おはしよりができないから、ちょっとシミになっているから、と敬遠していたものも、先生に着せていただいたら、あら不思議。ぼやけて似合わないであろうと、一度も袖を通したことが無かったものも、小物使いですっきり引き締まった印象に。素直に、楽しい!伝統も有り、奥深い着物の世界ではありますが、臆せず、楽しく、挑戦していきたいと思います。
これから着物を着たい方へ
私と着物との出会いは、社会人になって茶道をかじったことからですが、きっかけは何でもいいと思います。
お茶やお花、歌舞伎や能……知らないとつい、少し敷居の高いことから思い浮かべがちですが。ちょこっとだけ『和』なことに、触れてみる。和食、和菓子、日本酒。
お花見、お祭り。この街には城跡や神社、お寺もあるから、のんびりお散歩。既にあるものに目を向けてみると、意外に転がっていたりして。そして、それを言葉に出して発信するのが、一番広がるかも!
「私、着物を着たいんです!」と。
その事によって、眠っている着物を出してくれる人がいたり、着ることができる人が教えてくれたり、一緒に着たいという仲間が増えたり!
着物は洋服よりも少し決まりが多く、耳慣れない専門用語もあるので、それを一人で本やネット調べて黙々と勉強するのは大変。それよりも、まずは誰かに、普段着のような着物を着せてもらって、お出かけしてみる。肩の力をぬいて、体験から発見しちゃいましょう!着物が、ぐっと身近に。それこそ、和でなくとも、洋の席にも。着物は、自分も周りも、幸せになると実感しています(*^^*)
幸田信子(こうだのぶこ)先生 プロフィール
いわお和装学院(本部:北九州市)
1997年 着付教授補
2006年 染色教授補
【活動】
■自宅教室 着付・染色
■恒富コミュニティ(延岡市) 着付
■日向中央公民館(日向市) 染色
■個人宅 着付・染色
家族:夫 一男二女 猫2匹
取材・編集スタッフ
モデル・レポート:武井千穂、中本望美 / 編集:中本望美
撮影・制作:ヴォーク有限会社
ロケ地:延岡市 台雲寺
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