懐水集

築百年ほどの古民家を人の手と和紙の力で再生し、
歴史や文化の尊さ、そして自然や人の力を五感で感じる施設にリノベーション。
和紙が織りなす独創的な空間が広がる宿とカフェ「懐水集(かいすいしゅう)」。

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プロローグ 自然と古民家と和紙が紡ぐ美しい空間

熊本県宇城市の田園風景が広がる集落で宿とカフェを営む「懐水集(かいすいしゅう)」。築百年ほどになる古民家を、家主である福本千由美さんが17年前からコツコツと手を入れリノベーション。その作業は今も休むことなく継続しています。

店内には千由美さんが20余年前に出会って心惹かれたという、和紙作家である坂本直昭さんの和紙作品が壁やテーブル、天井、インテリア、小物雑貨など、ありとあらゆる場所に用いられ、柔らかな空間を創造しています。また「土間」のスペースにはテーブルセットがおかれ食事ができるようになっているほか、宿として使用している和室のスペースには座卓が設置されているので、小さなお子さまと一緒でも安心して食事が楽しめるようになっています。

また、庭園のあちこちには、千由美さんと共同で経営をする娘の有花(ゆか)さんが廃材を利用して土台から二人で作ったという趣のある新築の建物や家具が点在しており、それらの建物は有花さんが手がけるカフェやエステサロン、プライベートルームとして機能しています。

和紙と古民家とのマッチングをはじめ、豊かな自然の恵みをふんだんに使用したランチや懐水集の活動を取材して参りましたので、美しい画像とともにご覧ください。

【レポート:中本望美】

自然とともに古民家で暮らす生活を思い描いていたという家主の千由美さん。水が豊富に出るこの土地と、約1世紀もの長い年月をしっかりと生き抜いてきた古民家の力強さに魅了され、17年ほど前に熊本市内から移住されました。移住当初は人の気配が感じられないあばら家状態だったのだそうですが、裏庭の湧水や庭へ流れ込む水路、そして広々とした敷地に息づく緑を見ながら、「きっと素敵な家になるだろう」とワクワクしたのだそうです。

当初の計画では、大好きな和紙を活かした空間で、自分のペースでリノベーションし、仲の良い友人とお茶を飲みながらのんびりと時間を過ごすような「趣味と憩いの館」をイメージしてのだそうですが、友人が集うにつれて、「食事ができるようにしたらどうか?」や「こんな空間に泊まれたらいいのに」という声を頂くようになり、徐々に方向性が変わり、13年ほど前にお茶と飲み物を提供する店舗運営をスタート。そして8年前に娘の有花さんが帰郷されたことをきっかけに釜戸ごはんのおにぎりをメインにしたランチをはじめ、その後民宿としての機能をもたせていったのだとか。

▲娘の福本有花さん。エステサロン・和紙リフォームの職人でもあります。

母屋の離れにあるカフェでは、和紙の販売・リフォーム相談・制作相談が行われます。独特なカラーに染まった和紙は一枚一枚表情が違い、生活に彩りを加えてくれるだけでなく、破れたり傷がついた場合は上からまた貼り重ねることで何百年でも生き続けるのだそうです。

 

店舗紹介 外観・庭園の風景

田園風景を通り抜け、突き当りの小道の奥にある建物の壁面に小さな手作りの看板があります。

建物脇の砂利道を奥へと進むと、広々とした庭園に小さな小屋や湧き水の道があり、その奥にはどこか懐かしく感じるような昔ながらの日本家屋が佇んでいます。玄関から灯りの光が柔らかく漏れており、訪れた人を優しく出迎えてくれます。

▲廃材を利用して土台から自分たちで建てたというプライベート専用家屋。車輪や苔のオブジェが可愛らしく飾られています。

母屋となる店舗建物は、築百年ほど経過しているとのことですが、窓も天井も柱も生き生きとしており、長い年月をかけてゆっくりと成長してきた趣と力強さを肌で感じます。カフェスペースや和室からは庭園を眺めることができます。窓の枠で切り取られた外の景色は、美しい画像を掲げているかのように神秘的です。

「新築には綺麗さや便利さなどの魅力がありますが、歴史が紡いでできた姿形は何にものにも変えられません。長い時間、人とともに暮らしてきた家屋、そして自然な流れで朽ちてきた古いものなどには、つい”よくがんばってきたね”という愛情が湧いてしまいます。」と語る千由美さん。
きっと、この家屋も千由美さんの愛情で優しく手入れをされ、息を吹き込んでもらったからこそ素敵な空間に生まれ変わることができたのだと感慨深いものがあります。

宿として利用されるスペースにも、ふすまやテーブル、ランプに和紙が施されており、独特な雰囲気に包まれています。この情緒あふれる雰囲気に惹かれ、この場所で結婚式の撮影やパーティなどを行ったり、コンサートや展示会の依頼などもあるのだそうです。

ダイナミックな和紙の掛け軸、ふすまの墨字に目を惹かれます。
床の間の上には、溢れる水の豊かさ、ありのままの自然の形、そこに集まる人々をイメージして名付けられたという「懐水集」の由来が掲げられています。

和紙を幾度も重ねて修繕した丸い座卓は、和紙のカラーと使い込んだ風合いが相まって石や鉛のように見えます。卓の上には宿泊やランチで訪れた人たちのメッセージが書かれた和紙ノートが置かれていました。

「ものを見ると何にでも和紙を貼りたくなっちゃうのよ。和紙は何でも貼れるし、雰囲気が変えられるし、何度も修正できるから」との千由美さんの言葉どおり、よくよく見渡してみると、大きな部分だけでなく、小さな小物や雑貨、欄間にも細やかなデザインと和紙が施されています。

 

母屋の二階

普段はお客様があまり上がることはないのだそうですが、馴染みのお客様や勝手知ったる友人などは、二階でくつろぐこともあるのだそうです。
天井の梁のたくましさやダイナミックで大きな屋根が目線の高さに広がり、圧倒されてしまいます。

 

宿泊者が利用する「五右衛門風呂」

最近ではほとんど見られなくなりましたが、昔の日本家屋には当たり前のようにあった「五右衛門風呂」。このレトロ感と、薪でお湯を沸かすというアナログな手法を初めて目にする方も多く、宿泊者に大人気なのだそうです。また、屋外での入浴に抵抗がある方は、車で7〜8分ほどの距離にある大型温泉施設や物産館にご案内したりもするのとの事です。

 

料理紹介 うなぎランチ 

豊かな水が育んだ天然のうなぎをメインに、自家製の無添加野菜を
ふんだんに取り入れた田舎料理をこだわりの器でおもてなし

 

天然うなぎランチ 3,780円(込)

※前日までの要予約。うなぎの禁漁期があるため季節限定。

七輪の炭火で炙る天然うなぎを中心に、採れたての自家製野菜をふんだんに使用したヘルシーなランチセット。この日は、自家製野菜のマリネ、きんぴらごぼう、いんげんの胡麻和え、地元の手作り豆腐、天草の畑で育てたじゃがいもの煮物でした。

昔ながらのかまども健在で、台所のいたる所で食材が調理されています。古き良き時代の家具や調理器具、水回りは頑丈にできていて、今も十分に機能を発揮しているのだそう。

この地域の豊富で清らかな水で育った天然うなぎは独特の臭みが全く無く、ちょうどよい脂加減でベタつきやしつこさもありません。釜戸で炊いたご飯はほんのり薪の香りが漂う中、甘さと粘りが引き立っており、一粒一粒がキラキラと輝いていてご飯だけでもお箸が進みます。添えられたうなぎのタレに浸し、そのまま食べてもよし、ごはんにのせてうな丼にしてもよし、じっくりと素材の味を堪能したい贅沢なご馳走です。

千由美さんがコツコツと集めてきたという個性的なカラーリングとフォルムの瀬戸の焼物。料理をいっそう華やかに彩っています。

 

カフェと和紙の店 天然の素材にこだわった食とモノ

懐水集の敷地内にある唯一新築の建物で、天然の素材にこだわったコーヒーや手作りドリンク、オーガニックなお菓子を提供されるカフェと、和紙の販売やインテリア制作・リフォーム等の相談を行うショップスペースがあります。母屋と同じく、店内の壁や柱、インテリアには和紙が施されていますが、母屋のような重厚感のある雰囲気とは違って明るいカラーリングの和紙により、カジュアルで優しげな雰囲気です。

こちらの店舗は主に娘の有花さんが運営を担当。コーヒーはオーガニックさと鮮度にこだわり、焙煎職人に生豆からオーダーするのだそう。他にも手作りのドリンクの素材や水も厳選したものを使用しています。

 

和紙の販売・展示スペース

カフェスペースの隣では、日本をはじめ世界から集めた手漉き和紙をカラーデザインする和紙作家の坂本直昭さんの作品であるさ大判の和紙や、和紙で作ったぽち袋、ハガキの販売だけでなく、その和紙を活かした雑貨、インテリア作成、リフォーム相談を行っています。

▲家屋の柱に鮮やかで深みのあるグリーンに染められた和紙を貼り付けるだけで、石柱のような美しさに変身しています。

手漉きの和紙なので、一枚一枚の表情や模様、繊維感が違っており、同じものは全くないのだそうです。一枚の和紙をランプシェードのようにくるりと巻き付けてピンで止めるだけで部屋の雰囲気がガラリと変わるので、プレゼントや手軽な模様替えにおすすめです。

 

インタビュー 福本千由美さん(母)・有花さん(娘)

手漉きの和紙がもつ自然の力を伝えることで、

日常の生活が自然と楽しいものに変化し、気持ちにゆとりが生まれる。

そんな小さな幸せを感じられる場所を増やしていきたい。

Q:懐水集をはじめるきっかけを教えてください。

千由美さん:「熊本市内で暮らごく普通の家庭でしたが、かねてから第二のライフプランで古民家に住もうと思っていました。この場所を見つけてから満を持して購入し、古民家の再生を自分で行うという夢に踏み出したことが、この懐水集の始まりだと思います。当時は私の趣味を大集結させた『趣味の館』のつもりでしたが……(笑)。人のご縁というのは素晴らしいですね。たくさんの人と関わりを持ったことで、お陰様でこのような店舗運営をするまでになりました。とても感謝しています」

Q:この古民家を自分たちでリノベーションされるのは大変だったのでは?

千由美さん:「昔づくりの家はとても機能的にできていて、自分たちが修理できるように建付けされている所がたくさんあるんです。雨漏りをすれば板を張り替えればいいし、腰掛けの板はパーツごとに外せるから和紙を貼ることもできるし、土間や台所は頑丈なので手入れをすればそのまま利用できましたし。現代の家よりも、手をかければ何百年と生き続けられるようにできているんです。しかし、数年前の熊本水害では後ろの土砂が流れ込んできたり、地震で水路が変形したために湧水の量が変わったり、どうしても自分たちではどうにもならないことが起こります。それでも、地域の人や友人たちが駆けつけてくれ、土砂を取り除いたり、掃除をしてくれたり、セメントを塗り直したり、たくさんの方に助けて頂き、今もこうして運営できています。人との縁ほど大切な宝物はないと心から感じています」

Q:料理に使用している野菜も手作りだそうですね。

千由美さん:「はい。自分たちで栽培するのはもちろんですが、ご近所の方々からおすそ分けを頂くこともありますよ。今日のじゃがいもは天草の湯島という離れ島に、同じように古民家を再生して和紙で室内をリフォームした家屋があるのですが、その方のお住まいの近くの畑で採れたものです。採れたての野菜は素材そのものに風味があるので、手をかけすぎないように調理すると、とても美味しく仕上がります」

Q:和紙との出会いはいつですか?

千由美さん:「二十余年前でしょうか。たまたま和紙作家の坂本直昭さんと出会い、手漉き和紙の美しさや素晴らしさの虜になりました。どの日本家庭にもふすまや障子など、和紙を用いる家具がありますが、その和紙をこの美しい手漉き和紙に変えたらどんなに素敵な家ができるだろうとワクワクしたのを覚えています。最初は自宅のふすまや壁に貼り付け、和紙が織りなす空間を自分で楽しんでいました。その後、娘(有花さん)が帰郷したことをきっかけに、これまでリクエストが多かったランチや宿の運営に挑戦し、現在は口コミでお客様が足を運んでくれるようになっただけでなく、全国的に和紙のリフォームの依頼が増えたり、和紙関連のイベントなどでたまたま出会った方が東京から遊びにきて宿泊してくださったり、和紙がもたらしてくれたご縁に驚いています」

Q:懐水集に有花さん(娘)が加わったことで大きく飛躍されたのですね。

千由美さん:「その通りです。特に和紙のリフォームにおいては全幅の信頼を寄せています。娘はアーティストになるような専門的な勉強もしていなかったと思いますが、本来アートに関するセンスがよいらしく、そのセンスに惹かれて海外のアーティストからお誘いを受けたりもしています。私自身が焼物や自然の風合いのものが好きで、家庭内で使用する食器は上質な焼物を用いたり、インテリアや雑貨のディスプレイを整えたり、『良いもの』を日常的に触れる生活を意識していましたが、その中で育った子どもたちはいつの間にかアート感覚が養われたようで、私にも理解できないような発想をするので驚かされています」

Q:和紙のリフォームはお二人でされるのですか。

有花さん:「実際にデザイン・施工するのは私が中心です。お客様から依頼があれば、母と共に打ち合わせをしてデザインしたりしています。リフォームに使用するのは口に入れても安心な食べられる糊で貼り付けています。破れても直ぐに補修ができるのも大きな特徴で、お子様がいるご家庭でも安心して頂けます」

Q:有花さんは元々どのような活動を?

有花さん:「シルバーや革製品など、手仕事で作品をつくる作家として活動していました。懐水集を店舗運営するようになってからは手漉き和紙に集中し、デザインやリフォーム施工だけでなく、お盆や小物をつくるワークショップを開いたり、結婚式の引出物などの依頼を受けて制作活動をしたりしています」

Q:天井や壁などの広いスペースを施工する際に和紙の量を見誤りそうですが……。

「単純に貼り付けているのように想像されるかと思いますが、和紙はそれぞれ表情が違うので、面に沿って貼り付けたり、面を交互に貼り付けてモザイク模様にしたり、いろいろなデザインが可能です。ですから、お客様の希望をしっかりと聞いてから予算やデザインを決める際に、細かく和紙の分量を計算しています」

Q:今後の展望をきかせてください。

有花さん:「現在は、ランチと宿、カフェと和紙ですが、現在は敷地内の1つの家屋をリフォームしてエステルーム(上画像)にする予定です。こちらも私自身が壁紙をデザインし、コツコツとリノベーションしていますが、ようやくここまで進みました。和紙を空間に取り入れることで、空気が呼吸し、とてもリラックスできる非日常的な雰囲気になります。この懐水集で時間を忘れてのんびり過ごしたりするだけでなく、和紙の良さをもっとたくさんの方に知っていただけるように活動を広げていtきたいと思います」

Q:お忙しい中、ありがとうございました。

 

エピローグ 取材を終えて

代表の千由美さんは、日常の生活をお気に入りの空間で過ごすことが心のゆとりになり、充実した人生を送ることが最高の幸せだと語っていらっしゃいました。ただお金を稼ぐために活動をしている訳ではなく、『良いものをより良いかたちで提案・提供する』ことで、幸福感に包まれる人が増えることを望み、店舗運営をされていらっしゃいます。

これから、新たな挑戦をしながらゆっくりと進化する懐水集に今後も注目していきたいと思います。

 

アクセス 松橋インターチェンジから車で約20分

松橋インターチェンジから車で約20分、JR松橋駅から車で約10分。田園風景を抜けた先にある集落の入口に手作りの看板があります。

懐水集(かいすいしゅう)

住所:熊本県宇城市不知火街浦上居屋敷743
電話:0964-32-2268
営業時間:11:00~17:00
ランチタイム:11:30〜14:30(前日までの予約制)
イベントをご希望の方は別途相談
定休日:不定休

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取材・編集スタッフ

モデル・レポート・編集:中本望美
撮影・制作:ヴォーク有限会社 

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