島野浦島~最東端の絶景が見たい!
「島の宝100景」にも選出〜延岡市沖の日向灘に浮かぶ離島『島野浦島/しまのうらしま』。その東端に広がる絶景に会いに島の裏側へ!
延岡市の中心部から北東へ約12km、延岡市沖の日向灘に浮かぶ離島『島野浦島/しまのうらしま』(延岡市島浦町)。日豊海岸国定公園の一部であり、美しいリアス式海岸に囲まれた周囲15.5km、面積2.83㎡の島。島内には約1,200人(約400世帯)の人々が生活しており、人々は親しみを込めて「島野浦島」を「しまんだ」と呼ぶ。
しかし、同じ延岡市内で生活をする者として、この『島野浦島』ほど、近いようで遠く、知っているようで何も知らない場所はない。浦城港から高速艇に乗れ ば 約10分ほどで到着するというのに、中には「生まれてこのかた島に渡ったことすらない」という方も少なくないと思う……。私も取材などの仕事がなければ、 もしかするとそうだったかもしれない。今回の取材も、島に住むある人に誘われなければどうだったであろうか?
今年(2009年)の1月、島野浦新名物『アカモクあげみ』の取材をさせてもらったおりに、アカモクの管理をされている岩田さん(島浦町漁業協同組合)という方と出会った。アカモクに関する取材をひととおり終え、高速艇のりばに向かう途中、岩田さんに
「アカモクや秋祭りの取材もいいけど、もう少し暖かくなったら神社の後ろの遠見場山に登ったらいいわ!特に島の反対側にある波越展望所からの景色は最高よ!まさに絶景!できればあそこはたくさんの人に見てもらいたいね!なんならそんときゃぁ案内ぐらいさせてもらうし、ついでに山の頂上で島野浦産の干物でも焼いて食べさせるから!にぎりめしに焼酎があれば、どんな豪華な料理にも負けんよ!本当にたまらんから~」
と声をかけられ、それからというもの「波越展望所からの絶景」は無論、しかしどちらかといえば、山頂で味わう「干物とにぎりめしと焼酎」が頭から離れず、暖かくなるのを待ちわびていた。何かと忙しい年度末・年度始めはさけ、花見のシーズンも終わり、4月も半ばをすぎたところで島浦町漁業協同組合を通じ岩田さんに連絡!すると岩田さんは快く了解してくださった。
取材当日、わくわくしながら島に足を運ぶと、背中に青いリュックを背負った運動着姿の岩田さんが待っていた。もちろん青いリュックの中には「携帯ガスコンロ」に「にぎりめし」、たくさんの島野浦産「かたくちいわし」が詰め込まれていた。
観光のお問い合わせ
・島浦町漁協 電話:0982-43-1111
・島浦支所 電話:0982-43-0723
・島浦町区 電話:0982-43-1050
(文・撮影:松田秀人、協力:藤木テツロー、うちだりさ)
(案内人:島浦町漁業協同組合 岩田さん、結城さん)
島野浦周辺マップ
島野浦には魅力がいっぱい
島の歴史は約450年をさかのぼる。賊衆(水軍)の根拠地から始まり、そして参勤交代の寄港地としてその名が広まったという。島の主な産業とされている「水産業」「水産加工業」も、当時盛んだった「海上交流」により、上方から漁具漁法、さらにカツオやイワシの製造技術などが導入され現在に至っているという。1850年頃には大塩平八郎の娘「小山せき/関月尼」が、島野浦の福聚庵(現在の福聚寺)で尼僧として数年を過ごし、法務のかたわら、読み書き・生花・縫い物・緒芸を教えて島の人たちに愛された。そして100年ほど前には「メキシコ内乱の女王の棺が流れ着いた」と言われる伝説が生まれ、真相は謎のまま今に語り継がれている。
また、島の周囲には黒潮に洗らわれる小島が数多く点在することから、県内外からたくさんの磯釣りファンが足を運び、さらに珍しい海食トンネル「鼻熊」や、「オオスリバチサンゴ」「テーブルサンゴ」を見ることができ、海中に生息する生物たちの種類も豊富な事からダイバー達にも愛されている人気スポットである。そして島内にそびえる遠見場山(186m)に点在する絶景ポイントからは、島ならではの大自然を一望する事ができ、山の尾根づたいには、約100mの間隔で三十三体に及ぶ石造りの観音像が安置されており、これが近畿6府県と岐阜県にある「西国三十三所」をもとにしていることから『島野浦西国三十三観音巡り』と呼ばれ、それを目的に定期的に島に訪れる人々も多い。
さらに2009年4月10日、「国土交通省都市・地域整備局」主催による「島の宝100景」にも選出された。この企画は「島の暮らしや人々の営みがわかり、次世代に引き継いでいきたい、活かしていきたい景観」という事から一般公募(2008年10月下旬から2009年1月15日まで)が行われ、全国の有人離島(約400島が対象)の中から100島が選出されるというもの。ちなみに、全国から選出された島には、「利尻島」「新島」「神津島」「八丈島」「佐渡島」「端島/軍艦島」その他の名前がある。
浦城港から高速艇で島野浦島へ
▲国道10号線(延岡市・大門町)から、「むしかセンター」を目印に、国道388号線(無鹿バイパス)に乗りかえ北浦方面へ道なりに進む。
▲国道388号線をひた走り「島浦ゆきフェリーのりば」の看板を海側へ!
▲数分走ると「浦城港フェリーのりば」が見えてくる。
▲チケットはバス停横の事務所で購入。事務所横には有料駐車場(300円)もある。(左:うちだりさ 右:藤木テツロー)
▲高速艇は大人片道450円(子ども230円)、往復だと、大人片道880円(子ども450円)、所用時間は約10分。また、フェリーだと片道400円(自動車2,400円~)、所要時間は約20分と少し長めだが、海上の風景を楽しむなら断然フェリー。ただ、島野浦島についてからは、高速艇とフェリーの発着場が異なるので注意(下記マップ参照)。ちなみに神社から散策を開始するなら、行きは高速艇のほうが便利。
▲時刻表
※連絡先→「日豊汽船株式会社」 電話:0982-43-0102
▲高速艇が到着するまで、美しい海を長めながらしばし休憩。
▲高速艇に乗り込む。
▲約20分で島野浦に到着する。
▲到着後、島を案内してくださる「島浦町漁業共同組合」の岩田さん、結城さんと合うため、組合事務所に足を運ぶ。組合事務所は「高速艇のりば」のすぐそば。船を降りて突き当たりを右折し約50m。手前には地場産品などを販売している「ふれあい館」がある。ちなみにフェリー発着場からだと遠い。
▲「島浦町漁業共同組合」内にて打ち合わせ。結城さん(左)より「島のあらまし」などを教えていただき、参考資料などもいただいた。この後、岩田さん(右)に島内を案内してもらう。
▲ちなみに島内で一番住宅が集まっている白浜地区は、各住宅同士の距離が非常に接近しているため、独特の雰囲気がある。
島野浦マップ
※島野浦島観光マップより抜粋
▲クリック拡大
(マップ内の番号は西国三十三観音巡りの観音像設置場所)
散策ルート
公園(00分)→西国三十三観音巡り「1番」→島野浦神社→「7番」(30分)→「10番」→「11番」→島野浦灯台(50分)→「12番」→「13番」→「14番」→「15番」→「16番」→ヒダラ松峠展望台「17番」→波越展望所・ナカヤマ崖(90分)
※時間は公園からの目安、ペースはゆっくり。
※西国三十三観音巡りは今回まわったルート上にあるもののみ撮影。
島内の絶景ポイントを巡る
島の案内をしてくれた岩田さん(島浦町)
公園前
▲まつりの時などに大活躍する公園前の広場からスタート。メンバーは私松田と藤木テツロー、うちだりさ、そして島の案内をしてくれる岩田さん(島浦町漁業協同組合)の4名。
▲ここから島の最東端の波越展望所までは「休憩無しのゆっくりペース」で約90分。中間地点となる「灯台」までは約50分。広場から神社の境内に上がる階段の下には「40分」の表示があるが、普通にスタスタと歩けば40分で「灯台」に到着するだろう。
西国三十三観音巡り「1番」
▲西国三十三観音巡り「1番 / 如意輪観世音 / 紀伊国青岸渡寺」は、神社のすぐ下にある広場入り口に設置された最初の鳥居の横にある。
▲陽あたりもよく、眺めのいい広場。地元の爺ちゃん婆ちゃんが日光浴をしている。
▲これから神社の後ろに見える遠見場山に入っていく。
島野浦神社
▲毎年11月には、この島に代々伝わる島野浦島最大のイベント「島野浦神社秋季大祭」が行われ、「よどん晩」と呼ばれる前夜祭や、「海上パレード」「ケンカ御輿」「神楽」が行われる。(下記:島野浦100景参照)
▲神社の奥にある遠見場山入り口へ!
▲ここから先は傾斜の急な山道になるので杖が必要。
▲ところどことで島ならではの美しい風景が目に入ってくる。
▲岩田さんのリュックには携帯ガスコンロと「かたくちいわし」「にぎりめし」が入っている。灯台にたどりつくのが楽しみだ。
西国三十三観音巡り「7番」
▲西国三十三観音巡り「7番 / 如意輪観世音 / 大和国岡寺」。途中撮影などをしながら登ってきたので、ここまでで約35分。7番の前は広くて見晴らしがよい。
▲道中、地元の人たちによく出会う。
▲正月によく見かける「ウラジロ」(裏がしろいから?)。岩田さんもここに採りに来るらしい。
西国三十三観音巡り「10番」
▲西国三十三観音巡り「10番 / 一印観世音 / 山城国三室戸寺」。
▲ここで岩田さんから「次はもう灯台広場の11番なんだけど、すぐそばの18番は眺めがいいからちょっと寄っていこう」という事で18番へ……。
西国三十三観音巡り「18番」
▲西国三十三観音巡り「18番 / 如意輪観世音 / 山城京六角堂」。
▲岩田さんのおっしゃる通りの風景が広がっている。
西国三十三観音巡り「11番」
▲灯台のすぐ手前にある西国三十三観音巡り「11番 / 準胆観世音 / 山城国上醍醐寺」。
島野浦灯台 / 昼食
▲スタートから50分で灯台に到着。とても小さな灯台だが、なんとなく愛着を感じる。そしてここが遠見場山山頂(186m)ということになる。
▲岩田さんが昼食の準備をはじめる。焼きたての島野浦産「かたくちいわし」とにぎりめしはかなり楽しみ!
▲昼食の準備が整うまで、とりあえず灯台に登ってみる。
▲言葉にできないほど気持ちいいが、高所恐怖症の人にはすすめられない。
▲「かたくちいわし」が焼けるいい臭いがしてきた。となりで地元の方が手作り弁当を食べていた。
▲知らないうちにみんな一緒に食べていた!
▲やはりうまい!「にぎりめし」にさっとあぶった「かたくちいわし」に「焼酎」!最高☆さらに地元の方から「味噌汁」や「卵焼き」をいただいたりし、美しい風景に囲まれ、楽しいひとときを過ごすことができた。岩田さんも「どんなご馳走よりも、これが一番うめぇっちゃが」と笑っていた。
▲しばし休憩……。紫色のきれいな花を見つけた。でも名前が分からない……。
▲昼食がおわり、島の最東端にむかって再び歩き出す。
西国三十三観音巡り「12番」
▲西国三十三観音巡り「12番 / 千手観世音 / 近江国岩間寺」。
西国三十三観音巡り「13番」
▲西国三十三観音巡り「13番 / 如意輪観世音 / 近江国石山寺」。
西国三十三観音巡り「14番」
▲西国三十三観音巡り「14番 / 如意輪観世音 / 近江国三井寺」。
西国三十三観音巡り「15番」
▲西国三十三観音巡り「15番 / 如意輪観世音 / 山城国観音寺」。
西国三十三観音巡り「16番」
▲16番からの眺めも素晴らしい。すぐ右側に手製の梯子があるが、場所が場所だけに(向こう側は崖)、使用する時は充分注意するように!
▲島の最東端の一歩手前、「ヒダラ松峠展望台」まではあと少しである。
ヒダラ松峠展望台/西国三十三観音巡り「17番」
▲西国三十三観音巡り「17番 / 千手観世音 / 山城京六波羅蜜寺」。
▲17番はヒダラ松峠展望台に隣接している。今はなくなってしまったが昔は松の木があったらしい。
▲展望台からは島に伝わる「メキシコ女王伝説」(詳細は下記”島野浦100景”参照)の小島を望む事ができる。
▲ここから少しくだって、いよいよ島の最東端「波越展望所」をめざす!
▲勾配がきつくなり、草や木が道をふさぐ。
▲そしてやっと辿り着いた。
波越展望所・ナカヤマ崖
▲昼食を食べた灯台から歩くこと約40分。出発点からだと約90分(休憩除く)。目の前に現れた風景はまさに絶景!
▲地元の岩田さんが「最高」というのもわかる!
▲岩田さんが「ちょっと疲れるけど、ここまで歩いて来てもらえると島野浦島の印象もかなりよくなるはずなんだけどね!」と嬉しそうに話してくれた。
▲特に有名な観光地というわけではないので、当然、柵や望遠鏡などは設置されてはいない。自然そのままである。調子にのってあまり前に出すぎると転落の危険があるので注意!
▲ここに立っていると、軽々しく「絶景」などと言うこと自体恥ずかしいような気持ちになる。この地へ導いてくれ岩田さんには心から感謝である。
郷土料理『鯛茶づけ』を食べる
島野浦島ならではの美しい風景の数々を目に焼き付けた後は、島浦町漁業協同組合の事務所に戻り、郷土料理をいただいた。
▲中でも代表的な郷土料理が『鯛茶づけ』。地元では「茶漬け」と呼ぶそう。ちなみに「茶漬け」という名前が付いているがお茶はかけない。
▲ タイ以外にもブリ・アジなどが使われる。味付けは酒、砂糖、醤油といたってシンプル。お好みで卵、ゴマ、ネギなどを入れる。各家庭の好みによって若干異なるが、基本的には甘め。
▲地元の方の話によれば、漁師町だけあって、始終唇が塩っからくなる事から、島野浦の料理は全体的に甘めであるという。お茶漬けというよりは、「鯛の漬け丼」といった感じで、サラサラ食べるのではなく、ガッツリ食べたくなる。今回はシソの葉がトッピングされていたが、刻んだネギをたっぷりふりかけて、てっぺんに温泉卵でものせたら、かなり贅沢な丼になりそうである。でも、それを茶漬け感覚でサラリと食べてしまうあたりが、きっと漁師町の粋なところだろう。
▲『旬魚の煮付け』。地元では「ヒラ」と呼ぶ。
▲左上:たたっこの魚ハンバーグ 右上:あげみ 左下:鯛ちゃづけ 右下:たたっこ
たたっことは
アジやイワシといった魚を、粘りがでるほどにたたき、味噌、玉ねぎ、生姜、唐辛子などと混ぜたもの。そのまま食べてもいいし、ハンバーグのようにして焼いても美味しい。
島野浦・新名物 『アカモクあげみ』
▲『アカモクあげみ』と加工風景(グループ責任者:濱田眞由美さん)
お土産や特産品がそろう島内の「ふれあい館」
▲お土産等、特産品は島内の「ふれあい館」(右)で購入できる。
帰りは眺めのよいフェリーで
▲『鯛茶漬け』をいただいた「島浦町漁業協同組合」から、「フェリー発着所」までは少々距離があるので車で移動した。
▲行きがけに「高速艇」の往復チケットを購入したが、このチケットでフェリーにも乗ることができる。
▲やはり開放感のあるフェリー上からの眺めは最高!
▲ついさっき登ったばかりの灯台が、豆粒のように小さくなっていく……。夕日が差し込む島野浦に背を向け、島からフェリーがどんどん離れていくと、あの「近いようで遠い」という感覚が、なぜだかまた胸に沸いてきた。以前に比べ、島に関する知識や理解度も増えているはずなのに、そうしたこととはまったく関係なかった。高速艇でたったの10分とはいうが、道路の2時間よりも遙かに長い、そして重く深い10分間(フェリーは20分)である。それが離島なのだ。
島野浦100景
<資料提供・撮影:結城豊廣さん/島浦町漁業共同組合>
※解説文章は資料及び島野浦島観光マップより抜粋
▲島野浦上空
(面積:2.83㎡ 周囲:15.5㎞ 人口:約1,200人 世帯数:約400世帯)
日向灘に浮かぶ離島「島野浦島」。この島の歴史は約450年である。太平洋を背にした波穏やかな天然の入り江を持ち、海賊衆(水軍)の根拠地から始まり、参勤交代の寄港地としてその名が広まった。定住したのは瀬戸内水軍の末裔、紀伊や阿波の漁師たちに近郊の海産商人など。当時盛んな海上交流によって、上方からの漁具漁法の導入と、カツオやイワシの製造技術など早かった。江戸時代末期には住民1100人と記述されている。
▲島野浦上空(左) ナカヤマ崖上空(右)島野浦島の最東端。太平洋が一望でき、断崖絶壁からの息を呑む展望に感動する。
▲秋祭り(左) まき網運搬船(右)
▲灯船(左) よどん晩(右)
▲神社と船溜り(左) フェリー(右)
▲小池の朝日(左) 満月(右)
▲白浜地区(左)七番広角(右)
▲高島深島(左) 36番観音(右)山の尾根づたいに歩いてみると石造りの観音様が50m~100m間隔に三十三体が安置されている。1841年に西国三十三ヶ所を模して島野浦霊場としてつくられたもので、それぞれ本尊のあるお寺と寄進者の名前が刻まれている。また、旧暦の1月24日(遠見場山まつり)には、島民こぞってご馳走を持ってお参りをしている。島野浦島の先祖には紀伊半島周辺からの移住者が多くいることから、ふるさとの西国を偲んでつくられたのかもしれない。とくに、17番観音(上記ヒダラ松峠展望台参照)は海が一望できる見晴らしのいい場所にある。5月頃になると3番から灯台付近までの観音巡りの道沿いにはミツバツツジが見事な花をつけ、地元では「つつじロード」と呼ばれている。
▲うずまき岩(左) 鼻熊(右)島の南海岸には、太平洋の荒波によって出来た海食トンネルがある。その外観が熊の鼻穴に似ているところから「鼻熊」名づけたとも言われている。波がおだやかな日には小船で通りぬけることができ、スリルを味わうことができる。
▲遠見場山山頂(左) ヒダラ松峠より「メキシコ女王伝説」の小島を望む(右)黄金伝説・メキシコ女王伝説:江戸時代の終わり頃、一隻のカツオ船が島に帰港中、波間に漂う木箱を見つけた。12人の漁師達が手斧で開けてみると、中には白骨化した人間の顔とフサフサした金髪に銀の髪飾り。夏の太陽を受けてギラギラ輝く宝石の数々。「タタリ」をおそれた漁師達は「他言は無用」と、人知れず『日井の小島』に埋めたのです。月日が経つうちに、この秘密が噂となって、当時調査に来た大学教授が「メキシコ内乱の女王の棺では?」と話したことから『女王の黄金伝説』として、真相は謎のまま今に語り継がれている。
▲鏡山より(左) オオスリバチサンゴ(右)島野浦を含む南北浦海岸は、日豊海岸国定公園に指定されている。海岸景観にすぐれた島野浦周辺の「リアス式海岸」は海中公園にも指定され、日本最大級のオオスリバチサンゴが群生している。比較的浅い場所にあるので素潜りでも見ることができる。
▲まき網漁(左) 養殖場(右)
▲まぐろ船見送り(左) キビ天日(右)
▲あかもく(左) やっこ草(右)
▲関月尼(左) 正月乗りはじめ(右)
関月尼 / 大塩平八郎の娘 小山せき
関月尼は、島野浦の福聚庵(現在の福聚寺)で尼僧として数年(1850年頃)を過ごし、島の文化に大きな貢献をした女性である。京都の寺で修行中の僧・恵等(えとう)と相知り、二人は長崎を経て島野浦に渡って来た。当時の関月尼は”おせきさん”と呼ばれ、島での二人は法務のかたわら、読み書き・生花・縫い物・緒芸を教えて島の人たちに愛された。今も、島野浦に伝わる「うちわ踊り」は彼女の振り付けである。その後、”せき”は恵等とわかれ延岡に移り、歌人として名を残した。その墓は延岡市祝子の千光寺境内にある。
「きのうありて 今日はなき身と 消えゆくも 残るも同じ 道芝の露」
▲昭和30年頃の島野浦