「チェルフィッチュ」主宰・岡田利規インタビュー
”生活のあり方”を問いかける、自伝仕立ての国際的コラボレーション作品「ZERO COST HOUSE」(ゼロコストハウス)。その公演を控える、演劇ユニット「チェルフィッチュ」主宰・岡田利規の単独インタビュー!
1997年、横浜で旗揚げされた演劇ユニット「チェルフィッチュ」。”超リアル日本語”などとも形容される現代の若者を象徴するような口語を使用した作風は話題を呼び、旗揚げ後、横浜を中心に活動をしながら、2004年に発表した『三月の5日間』では第49回岸田國士戯曲賞を受賞。2005年7月ダンス作品『クーラー』で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005〜次代を担う振付家の発掘〜」最終選考会ノミネート、2007年5月ヨーロッパ・パフォーミングアーツ界の最重要フェスティバルと称される「KUNSTEN FESTIVAL DESARTS 2007」(ブリュッセル、ベルギー)にて『三月の5日間』が初めての国外進出を果たし、現在ではアジア、欧州、北米など海外での活動も展開するなど、独特の表現技法を用いながら常に高い評価を獲得し続けている。
今回のレポートでは、話題の演劇ユニット「チェルフィッチュ」の主宰者である岡田利規氏への単独インタビューをご紹介。
東日本大震災後、大きく変化した自身の視点から「生活のあり方」を問う自伝的作品「ZERO COST HOUSE」(ゼロコストハウス)の公演を2月に控える岡田氏。
新作のテーマや見どころはもとより、演劇を始めようとした経緯、そして震災後、長く住んでいた首都圏を離れ、九州は熊本県へ移住したことでの自身の変化など、演劇にかぎらず様々なエピソードをたっぷりと語ってもらった。
(レポート:井手悠哉)
「ZERO COST HOUSE」(ゼロコストハウス)
・公演日時
2月11日(月)20:00
2月12日(火)14:00/20:00
2月13日(水)14:15/19:00
・公演場所
・KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>
・料金(全席自由)
前売 ¥3,500 | 学生 ¥2,500 | 当日 ¥4,000
・チケット取り扱い
プリコグ→http://precog.shop-pro.jp/
岡田利規 プロフィール
1973年横浜生まれ。演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰。1997年、横浜で「チェルフィッチュ」を結成。チェルフィッチュ(chelfitsch)とは、自分本位という意味の英単語セルフィッシュ(selfish) が、明晰に発語されぬまま幼児語化した造語であり、現代の日本、特に東京の社会と文化の特性を現したユニット名。01年3月発表『彼等の希望に瞠れ』を契機に、現代の若者を象徴するような口語を使用した作風へ変化。活動は従来の演劇の概念を覆し国内外で注目される。2004年『三月の5日間』で第49回岸田戯曲賞を受賞。2007年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を 新潮社より発表し、翌年第2回大江健三郎賞受賞。2013年初の演劇論集『遡行—変形していくための演劇論』を河出書房新社より刊行。現在、東日本大震災をきっかけに首都圏から九州・熊本へ移住。
▲チェルフィッチュ作品・「現在地」(写真左)、「ゾウガメのソニックライフ」(写真右)※写真提供 プリコグ
新作「ZERO COST HOUSE」公演情報
チェルフィッチュ主宰・岡田利規とアメリカ、フィラデルフィアに活動拠点を置いている劇団「ピッグアイロン・シアターカンパニー」との初の国際的コラボレーション作品。「劇作家・岡田利規」を主人公に、19世紀アメリカの作家「ヘンリー・デイビッド・ソロー」と、「建てない建築家」として話題の「坂口恭平」の著作に著される、「生活」にまつわる思想を題材に描かれる。過去と現在 の岡田が登場し、震災によって大きく変化した自身の視線を通して「生活のあり方」について問いかける意欲作。
・公演日時
2月11日(月)20:00
2月12日(火)14:00/20:00
2月13日(水)14:15/19:00
・公演場所
・KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>
・料金(全席自由)
前売 ¥3,500 | 学生 ¥2,500 | 当日 ¥4,000
・チケット取り扱い
プリコグ→http://precog.shop-pro.jp/
岡田利規・インタビュー
震災以降、みんな、揺さぶられたと思うんです。色々なことに対して。なにが正しいのかなんて言うまでもなく分かるはずがありません。ただ、揺さぶられ続けるのを止めようとしてはいけないということだけは強く思います
Q:岡田さんは生まれも育ちも横浜だそうですね。
「ええ、2004年に僕の長男が生まれたのでそれを機に横須賀に引っ越しはしたのですが、それまではずっと横浜で暮らしていましたね。僕が主宰をつとめている劇団『チェルフィッチュ』も1997年に横浜で旗揚げをしました」
Q:演劇を目指そうとしたきっかけを教えてください。
「実際のところ大学に入るまで演劇っていうものに対してそこまで興味はなかったんです。それまでは演劇よりも映画や小説などの方が魅力的だと感じていましたね。だから演劇を始めたきっかけを説明するのは難しくて、大学で演劇サークルに入ってそこからなんとなく始めちゃったんです。それで今に至るという感じで……。映画の方はやりたいと思ってたのですが、そう思ってただけで、なんだか手がつけられませんでした」
Q:それはやはり、映画よりも演劇の方が自分に向いていると思ったからでしょうか。
「いや、映画より演劇の方があっていると思ってそうしたわけじゃないんです。なんとなくそのとき自分にとって演劇が身近な存在でやりやすかったというだけなんですね。逆に映画がやり辛いものかといったらそうではないのですが、それでも何故か映画はやりませんでしたね。やりたかったのに……。不思議です」
Q:なるほど。ただ、それでも大学卒業後も演劇をやっていきたいと思われたのは何故でしょうか。
「なんとなく自分の中で、演劇を続けていれば何か形になるのではないかと感じていて、いま止めるわけにはいかないと思い、そのまま続けました(笑)」
Q:話は少し変わりますが、岡田さんは現在、熊本の方に住んでいらっしゃるそうですね。
「そうですね、東日本大震災があったのを契機に熊本に移住しました。震災後『このままずっと首都圏にいることが出来ない』と感じていたのですが、どこに行くかははっきりと定まっていませんでした。その後、2011年のゴールデンウィークに『坂口恭平』(注.1)さんのツテを頼り、家族と共に熊本に遊びに行って、そこで坂口さんに色々と案内してもらったんです。その時点で熊本に移住しようとすぐ決断したわけじゃないのですが、とても良い場所だったので、自分の中ではなんとなく、熊本に移住するんじゃないか?という気持ちが芽生えました」
Q:「坂口恭平」さんとは、最初にどのような形でお知り合いになられたのですか。
「以前からチェルフィッチュの舞台を観に来てくれていたんですよ。直接知り合った経緯としては、今度僕が演劇論と銘打っている著書『遡行』を出版するのですが、その本の編集者の方が坂口さんの著書の編集もやっていらっしゃって、その方が紹介してくださいました」
Q:熊本に住んでみて、岡田さんの中で何かが変わったという感覚はありますか。
「熊本は食べ物が非常に美味しいので、首都圏にいるときはそれが辛いですね。舌が贅沢になってしまった(笑)。味もさることながら、食べ物を安心して食べられるっていうのが大きいですね。やはり震災後は首都圏にいると不安を感じながら食べなきゃいけないので……」
Q:なるほど。環境が変わったことで創作に対しての影響はどうでしょう。
「それが創作にどう影響しているのか、自分ではうまく言えないですね。ここがこう変わったんです!というような描写は出来ません。ただ、でも確実に反映はされているでしょうね。あとは首都圏とか東京を少しずつ”よその街”と感じるようになってきました。僕自信、都会は割と好きなので、それは決して否定しているわけじゃなく、あくまでも気持ちの問題なのですが、例えば公演とかで日本や各国の都市をまわる時に感じるような感覚です」
Q:熊本のお話の中で出てきた「坂口恭平」さんですが、今度2月に横浜で公演を行う作品『ZERO COST HOUSE』(ゼロコストハウス)では、坂口さんの思想もモチーフになっているそうですね。作品のテーマを教えてください。
「『ZERO COST HOUSE』は僕、岡田利規の自伝仕立てになっています。僕は『ヘンリー・デイビッド・ソロー』(注.2)という19世紀のアメリカの作家が書いた随筆『森の生活』が昔からとても好きだったのですが、ここ最近はそれを読み直すことや、関心をはらうことが少なくなっていました。『森の生活』は、みんなが当たり前だと思っている生活のあり方をもう一度捉えなおしてみるということや、いま行っている生活とは違う別の生き方があるのではないか?というような”問い”が大きなテーマになっています。実は、無くなりつつあったその本に対する関心が、震災を機に自分のなかにまた蘇ってきました。その現象、つまり、その本の存在意義が、15年ほど前の昔の自分のなかに持っていたものとは全く違う、新しい意味合いを持っていま出てきた、ということが自分の中で起こっていることに非常に興味深かったし、そういう変化が起こることが、僕だけの問題ではなく、震災という大きな出来事をきっかけに、少なくない人にそれと似たようなことが起こっているだろうと思いました。なので自分自身をネタに自伝という作品形態をとることで、その”問い”を投げかけられるのではないかなと……。あとは、アメリカの劇団『ピッグアイロン・シアターカンパニー』と一緒に作品を企画するというのが創作以前に決まっていたということも大きくて。『ヘンリー・デイビッド・ソロー』もアメリカの作家だし、役者が全員外国人なので僕自身の役が日本語で喋ることがないのが良かったんです。日本語だと恥ずかしいんで(笑)。逆に英語なら素直に笑えるなとも思いました。そういう一連のことがあって今回の企画の題材を決定しましたね」
Q:岡田さんとしては初の国際的なコラボレーション作品ということなのですが、どのようにして創作をおこなっていったのですか?
「ピッグアイロン・シアターカンパニーとは今回が初めてというわけではなく、2年くらい前から何回か間歇的なワークショップを行っていました。本格的なクリエーションが始まったのは去年の夏頃なのですが、そのときは、まずメンバー全員に日本に来ていただきました。滞在中は東京、熊本、大分などをまわったのですが、東京では『坂口恭平』さんが参考にしている墨田川に住んでいる方々、坂口さんの言葉を借りれば『0円ハウス』を建てて住んでいらっしゃる方々のところへ案内しました。熊本では、ゼロセンターに行ったり、僕の自宅にメンバーや、首都圏などから熊本に避難されてきた小さいお子さまをお持ちの主婦の方々が結成されたコミュニティグループの皆様と会合を行ったりしました。その後大分の別府、そしてアメリカのフィラデルフィアに行き創作を重ねていきました」
Q:講談社から発売されている「群像」(2013年2月号)には、公演に先立って「ZERO COST HOUSE」の日本語の戯曲が全編収録されているわけですが、どのような狙いがあるのでしょうか。
「先ほどもお話しましたが、「ZERO COST HOUSE」は役者が全員外国人であるので、台詞はすべて英語です。2月に横浜で公演を行うときは字幕を付けるのですが、字幕というのはどうしても情報を圧縮せざるを得ないので。それもあって、公演前に日本語の戯曲を全て読める機会を作れたら、と考え掲載をさせていただきました」
▲「ゼロコストハウス」の日本語戯曲が全編収録された「群像」2月号(2013 年1月7日発売)・講談社より全国書店で発売中。
Q:「群像」の戯曲を読んでいて感じたのですが、最初は気づかないほどの固定概念や常識への”問い”が、次第に大きく、また角度を変えながらある種の疾走感とともに、加速が増していき、観終わったとき、今までの生活の中では感じ得なかった「何か」が強烈に突き刺さっている感じがありました。
「それを観る人が感じてくれたら……。そう思う気持ちはすごくありますね。そして、この作品を観た日本人の方々が、どう受け止めるかっていうことについても、本当に気になります。震災以降、みんな揺さぶられたと思うんです。色々なことに対して……。なにが正しいのかなんて言うまでもなく分かるはずがありません。ただ、揺さぶられ続けるのを止めようとしてはいけないということだけは強く思います。自分をある方向に着陸させて、そのゆさぶりを収束させていこうとするのってついやってしまいがちですが、それは危険だと僕は思っています。僕も含めて、まだまだ揺さぶられ続けなければいけないと感じています」
Q:今後横浜でどのような活動をされていきたいですか。
「横浜ではこれまで色々とお世話になっています。演劇を始めたのもそもそも横浜ですので。KAAT神奈川芸術劇場さんではチェルフィッチュの新作の初演などをやらせていただいていて、今後も様々な企画をKAAT神奈川芸術劇場さんと企画しています。横浜は演劇の人間としても、僕自身にとってもずっと重要な場所であり続けています」
Q:九州ではいかがでしょうか。
「九州での演劇活動が充実したものになればすごくいいなと思っています。ちなみに3月31日に、熊本市が主催する『くまもと高校演劇コンクール』(詳細はコチラ)にゲスト審査員として参加させていただくのですが、個人的にはものすごく楽しみにしているんですよ(笑)。これはみんなに観に来てほしいですね!」
−お忙しいところ、取材にご協力いただき、ありがとうございました。
※注1
「坂口恭平」とは?
1978年熊本県熊本市生まれ。
大学の卒論にて路上生活者の家を建築学的に調査したレポートを発表。それをもとにした写真集『0円ハウス』(2004年)を皮切りに、『東京0円ハウス0円生活』(2008年)、『隅田川のエジソン』(2008年)、『TOKYO一坪遺産』(2009年)、『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(2010年)とフィールドワークにもとづく問題作を発表。 2011年3月の原発事故をうけて熊本に移住し、同年5月10日に「自殺者ゼロ」を公約にかかげる”新政府”を樹立、初代内閣総理大臣に就任する。3万2147人の国民(2012年11月1日現在)にむけて毎日、Twitterによる「新政府ラジオ」を発信している。
公式サイト→http://www.0yenhouse.com/house.html
※注2
「ヘンリー・デイビッド・ソロー」とは?
19世紀のアメリカの作家・思想家。
ウォールデン池畔の森の中に丸太小屋を建て、自給自足の生活を2年2ヶ月間送る。代表作『ウォールデン-森の生活』(1854年)は、その記録をまとめたものであり、その思想は後の時代の詩人や作家に大きな影響を与えた。
岡田利規、初の書き下ろし演劇論発売。
『遡行 変形していくための演劇論』
岡田利規(著)
1,995円(税込み)
河出書房新社
岡田利規による初の書き下ろし演劇論『遡行 変形していくための演劇論』。自らの遍歴を遡りながら、思考と関心に即して自分自身を変形していくための方法を探る。